パーキングエリアで見つけた映画棚
感染症が流行し、世界中が湿っぽくなる前なので、今から3年ほど前の夏まで話は遡る。私は遠方に住む家族と久々のドライブを楽しんでいた。息子は元気にやっているよ、そういうメッセージを具体性を持って示すべく、私はオタ活(映画鑑賞)に励んでいることをアピールしていた。両親と弟におすすめの映画を紹介することが、映画オタクとしてできる精一杯の孝行なのだ。喜んでくれたはずだ。
高速道路を駆ける車は巨大なサービスエリアに駐車した。買う予定のないお土産コーナーを散策していた私と弟は、映画DVDが並ぶ棚を見つけた。肩幅ほどのスペースに4段ほど映画DVDが積まれている。隣に陳列されている地元銘菓ののぼり旗の影になっており、すっかりサービスエリアの人にも忘れられているみたいだった。
「兄ちゃんのホームじゃん」
ニヤニヤとする弟に馬鹿にされたような気がして私は少しイラついた。この日陰が私の居住スペースなわけがない。が、棚を見渡せばイラつきは雲散霧消、ここは私のホームで間違いなかった。棚に並ぶ中古DVDのラインナップは明らかに異質。多少なり目の肥えた私の見覚えのない映画ばかりが並んでいたのである。
異質な映画棚の発生要因
こうしたラインナップが異質な映画棚はごく稀に発生する。販売側のちょっとした理解のなさと、販売場所のちょっとした辺鄙さと、後はちょっとした運のバランスにより生まれるようだ。この均衡がちょっとでも揺らぐとすぐさま私のような者に掘り返されてしまう。すっかり掘り返されて閉山寸前の映画棚はよく見かけるが、私が3年前のサービスエリアで出会ったようなピュアな状態で保存された映画棚は珍しい。
お菓子の家に誘われたヘンゼルとグレーテルのような気持ちになった。どこに手を伸ばしても甘いお菓子である。魔女に肥やされたっていい。
さすがに全部食べるわけにはいかないなあ、などと、以上のような文言をポカンとする弟にひとしきり言い放ち、地元銘菓なんぞに目もくれず、私は1つのDVDを選んで500円で購入した。ホクホク顔で映画DVDを手に車へ戻った私に、両親はとても驚き、なんだかとても優しくしてくれた。冷たいお茶ももらった。どうして?
異質な棚から異質な棚へ
この話が3年ほど前。
何か記事にできそうなネタはないか、自宅を見て回っていたところで自分の映画棚が目に入った。鑑賞の9割を配信、1割を劇場で鑑賞する私は、よほどのことがない限り映画DVDを購入しない。そのため、オタクにしてはその棚のボリュームは貧相だ。しかしよほどのことが積もりに積もって、異質さには自信がある。その棚で見つけたのが3年前の夏に購入した映画DVDである。この映画DVDは異質な映画棚から異質な映画棚へと移動してきたのだ。数奇な人生である。これは本来映画が持つポテンシャルよりも高い異質さを発揮するに違いない。熟成が進んでいるはずだ。
私はSabot Houseでの2記事目を託すことに決めた。
私が選んだ映画は『殺して祈れ』 (1967)
3年前、手に取った映画が『殺して祈れ』である。おそらくタイトルに聞き覚えはなかろう。Filmarksでのレビュー数は2022年1月30日時点で31件だ。ちなみに『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』のレビュー数は同時点で117,539件ある。『殺して祈れ』は「鬼滅の刃」の0.03%なのだ。
当然『殺して祈れ』は配信もされていないが、かと言って映画DVDにプレミアがついているかと言われればそういうわけではない。私が3年前に購入したのが500円だが、似たような価格でAmazonなどで売られている。つまりみんなが比較的簡単にアクセスできるにも関わらず、ほとんどの人が観ていない映画なのである。
実はこのような映画はたくさんある。私の観測だと、むしろそのような映画の方が多いのではないかと思う。歴史上存在する多くの映画は銘菓ののぼり旗の影になっているのだ。銘菓ののぼり旗め……。
『殺して祈れ』 (1967) パッケージから読み取れる情報
砂塵に響くは死を呼ぶ祈りか、棺桶ひきずる音か
このようなフレーズがでかでかと掲げられている。その下には「サイケデリック・ウエスタン!」という文言が。この映画に決めた理由はこの2つに惹かれたからである。これを見て「面白くなさそうだな」と思う方は少ないはずだ。繰り返すがレビュー数が31件の映画の貫禄ではない。
ネオ・レアリズモについて
監督カルロ・リッツァーノの文字サイズも大きいが、残念ながら後世に名が残った映画監督ではない。彼が活躍したネオ・レアリズモの方が有名だろう。ネオ・レアリズモは1940年台からイタリアで発生した映画運動だ。当時のイタリアに生きるリアリティ溢れる市民の物語が多い。例えばヴィットリオ・デ・シーア『自転車泥棒』はよく知られ、まさに銘菓ののぼり旗である。
マカロニウエスタンについて
『殺して祈れ』はマカロニウエスタンだ。マカロニウエスタンは、イタリアで撮られた西部劇である。西部劇といえばアメリカであるが、つまりイタリアでアメリカを舞台にした映画を撮るのである。驚かれる方もいるかもしれないが、当時はこういうのが流行ったのだ。銘菓ののぼり旗はクリント・イーストウッド主演『荒野の用心棒』であろう。
いくつかの旗の影に隠れて、延べ500本近いマカロニウエスタンの多くは影となってしまった。『殺して祈れ』もそのうちの1つだ。
ピエル・パオロ・パゾリーニについて
なんとこの映画にはパゾリーニが出演している。友情出演どころの騒ぎではない、かなり重要な役で出演しているのだ。ピエル・パオロ・パゾリーニは歴史上最も重要な映画監督のうちの1人と言っても過言ではない。しかも若かりし頃の出演ではない。『奇跡の丘』(1964)監督、『殺して祈れ』(1967)出演、『テオレマ』(1968)監督である。
毎年のように監督作品を公開しているまさに円熟期だ。ちなみにジャケット裏上の場面写真より左から2番目がパゾリーニである。精悍な顔つきだ。
『殺して祈れ』のレビュー
『殺して祈れ』のあらすじ
アメリカ人によるメキシコ人の虐殺から逃れ牧師に拾われた少年は、信仰心を携えたガンマンへ。幼なじみを探して旅に出た先で、復讐の相手と遭遇することになる。自らを聖人と名乗り、殺した相手に向けて祈りを捧げる孤高なガンマンの行く末や如何に……!
『殺して祈れ』の見どころ
かなり変な映画だ。決して上手い映画ではなく、撮影から脚本から何から何まで一級品には程遠いが、そのようなものはハナから期待していない。特筆すべきはむちゃくちゃなゲームである。
ゲーム1 : 酒飲みゲーム
これは序盤に顔色の悪そうな大ボスが聖人に仕掛けたゲームである。このゲームは交互に酒を飲み、遠くで女が持っているロウソクの炎を銃弾で消し合うというもの。相手が外すまで酒を飲み続けるのだ。どんどん危険度が増すゲームに女の手は震える…。悪い奴らが女性をモノのように扱うことでヘイトを集める映画なのだ。それにしてもやりすぎである。
なおこの危険なゲームはある登場人物の介入により中断される。その登場人物を大ボスが折檻するため閉じ込める小部屋が変だ。何故か全面がソファーの質感なのである。私はなにかの見間違いかと思ったが、どう見てもソファー質感なのだ。マジでなんで?
ゲーム2 : 首吊りゲーム
もう1つのゲームは終盤、聖人により提案されるゲームだ。これは屋根の梁に掛けた縄にお互いの首を通し、椅子の上に立つ。12時の合図でお互いの椅子を打ち合い相手の首を絞めるというもの。
めちゃくちゃ手が込んでいるし、随分と悪趣味だ。だが別にその悪趣味性が劇中で晒されるわけではない。単に脚本が悪趣味なのである。こうしたアクはマカロニウエスタン特有のもので、特に『殺して祈れ』のアクは強かった。
俳優:パゾリーニについて
パゾリーニは結構いい演技をしていた。存在感は抜群である。テーマがキリスト教なのでパゾリーニの出演は納得だが、パゾリーニが納得する出来かどうかは微妙である。何かの仕事を犠牲にしていたのなら、それは映画史における損失だ。そうでないことを切に祈る。
『殺して祈れ』のさらなる熟成を目指して
この映画は特に面白いというわけではないが、相当変わった映画には違いない。常識的に考えてパーキングエリアで並んでいるような代物ではないのだ。もしかして銘菓ののぼり旗の影、あるいは私の映画棚によって熟成が進んだのではないだろうか。
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