【ネタばれ無】
読者の皆さんは『ワイルド・スピード』が海外で絶大な支持を得ていることをご存知だろうか。
英語圏では『Fast & Furious』として知られるシリーズで、興行的な成功を収めていることは改めて語るまでもない。筆者が指している「絶大な支持」とは、『ワイルド・スピード』という邦題のことである。
“Wild” な “Speed” と、英語を学んでいればすぐに理解できるようなシンプルなタイトル。翻訳に際して “Fast” も “Furious” も消えたのに、英語圏のメディアでは「日本語タイトルの方が圧倒的に良い」「 『The Fate of the Furious』(8作目)の日本語タイトルがめちゃ良い」など肯定的な意見が大半を占める。
一体、『ワイルド・スピード』の何がそこまで英語圏での支持を集めるのだろうか。
そもそも『ワイルド・スピード』の意味は?
話を進める前に、『ワイルド・スピード』の日本語の意味をおさえておこう。
“Wild” は日本語では「野生の」「荒れた」、“Speed” は「速さ」を意味する。つまり “Wild Speed” は「野蛮な(くらいの)速さ」と訳せる。もう少し意訳すると「ヤバい速さ」といったところか。
念のため日本語話者でもあるアメリカ人のハンクマン氏(仮名)に確認を取ったところ、「制止できない速さ」を意味するのでは、との回答を得た。
ここで「馬とか車の名前か?」とコメントも頂いたことに注目してほしい。
実は筆者は “Wild Speed" が映画のタイトルであること、「ワイルド・スピード」とカタカナ英語として使われていることは一切伝えずに、この言葉の意味を聞いた。ハンクマン氏は私が “Wild Speed” と頭文字を大文字にしていたことから「何らかの固有名詞である」と認識し、それだけで「馬とか車」と推察したわけだ。
つまり、制止できない速さの車がバンバン出てくるシリーズのタイトルとして、『ワイルド・スピード』はこれ以上ないくらい完璧なのである。
実は原題も似たような意味
いかに作品の雰囲気に忠実な邦題とはいえ、原題のニュアンスから逸れてしまうと「ダメな邦題」と叩かれることがある。『マイティ・ソー バトルロイヤル』が「邦題かくあるべし」という議論の的になっていたことを覚えている方も多いだろう。「とにかく原作に忠実にしてほしい」と思うファンは一定数おり、私もその1人だ。
その点、『ワイルド・スピード』の忠実度はどうなのだろう。一見、原題の “Fast & Furious” とは似ても似つかぬ邦題なので嫌がられそうなものだが、忠実派の諸賢も少し落ち着いて比較に付き合ってほしい。
まず “Fast & Furious” 自体が耳慣れない方も多いだろう。“Fast” は「速い」、“Furious” は「怒り狂った」「猛烈な」を意味しているので、「速くてプンプン怒っている」状態を指している……と思いきや、実は「猛烈な勢いで」を意味するイディオムだ。
映画がきっかけでこのイディオムが広まったわけではなく、古くは18世紀の詩にも登場するくらいキチンとしたイディオムである。現代であれば、下記のように使われる。
The questions were coming at me fast and furious.(私への質問が殺到した)
一方の “Wild Speed” は英語圏で一般的に使われるフレーズではない。が、「制止できない速さ」を意味することには変わりなく、「とにかく勢いがすごい」ことを指す “Fast & Furious” と似たような状況を表してはいる。
カタカナにしてもわかる表現、かつ原題にも忠実。知れば知るほど、完璧な邦題なわけである。
むしろ原題にしっくり来ない人々
もうひとつ言及しておきたいのが、英語圏においても邦題を支持する声が多い点だ。いくら邦題として完璧だからといって、原題を差し置いて評価されることにしっくり来ない人もいるだろう。
ここでポイントとなるのが、「原題の評価がそもそも高くない」ことだ。ザッと過去作の原題と邦題を比べてみよう。
原題 | 邦題 |
---|---|
The Fast and The Furious | ワイルド・スピード |
2 Fast 2 Furious | ワイルド・スピードX2 |
The Fast and the Furious: Tokyo Drift | ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT |
Fast & Furious | ワイルド・スピード MAX |
Fast Five | ワイルド・スピード MEGA MAX |
Fast & Furious 6 | ワイルド・スピード EURO MISSION |
Furious 7 | ワイルド・スピード SKY MISSION |
The Fate of the Furious | ワイルド・スピード ICE BREAK |
F9 | ワイルド・スピード/ジェットブレイク |
原題を見比べてみると、作品によっては何作目かわかるような工夫がされていることがわかる。個人的にはオシャレなタイトルじゃないかと思うのだが、英語圏の人からすると “pretentious(気取っている)” と映ることも多いようだ。古い詩に出てくるような表現を基礎にしていることも、ネガティブに働いているのかもしれない。
翻って邦題はというと、「ヨーロッパに行くから『ユーロミッション』」「空を飛ぶから『スカイミッション』」と、なんとも素直なタイトルが並ぶ。こうして比べると、確かに勢いのいい邦題の方が作品の雰囲気に合っている。
なるほど、原題を侵食する勢いで邦題が評価されるわけだ。
「仕方ないから」で決まった名邦題
最後に、世界的にも評価の高い名邦題の誕生の経緯にも触れておきたい。
邦題をつけた映画宣伝会社ドリーム・アーツの大森代表のインタビューによると、いい案が出て来ずに「仕方なく誰かが作った『ワイルド・●●●』というタイトルと『●●●・スピード』のタイトルの『ワイルド』と『スピード』を取り上げて」生まれたタイトルだという。
「仕方なく」で生まれたにもかかわらず原題を食ってしまいそうな名邦題。国内では『ワイルド・スピード』のタイトル自体にスポットが当たる機会はあまり無いが、実はすごい邦題なのである。
皆さんも、今後新作が出たら原題と比べてみてはいかがだろう。