コラム

『シング・ストリート 未来へのうた』お兄ちゃんのジェットストリーム

2019/03/27

© 2015 The Weinstein Company. All Rights Reserved.

【ネタばれ有】

私には兄が1人いる。私達兄弟は、幸いなことに仲が良い方だと思う。兄弟の形とは様々であるが、同じ環境で育つのにそれぞれ違う人生を歩むとは不思議なものだと常々思う。

『シング・ストリート 未来へのうた』(原題:Sing Street)は、2016年に公開されたアイルランドの音楽映画だ。

1985年、大不況のダブリンを舞台に、父の失業から転校をしたコナー(フェルディア・ウォルシュ=ピーロ)が一目惚れした女の子に振り向いてもらうためにバンドを始める物語だ。

主人公であるコナーは音楽を通して仲間達と成長していくのだが、今回はコナーの兄、ブレンダン(ジャック・レイナー)に注目しようと思う。

コナーにとっては、憧れであり、師匠であり友人だった。ブレンダンにとってコナーは、気の置けない弟であり、嫉妬の対象でもあった。複雑な関係でありながら、理想の兄弟像がこの映画で描かれていたのではないかと思う。

本編では「俺のジェットストリームに乗って、お前は俺の切り開いた密林を辿ってきたんだ」というブレンダンのセリフがある。弟にとって、兄とはいつも先駆者である。ジェットストリームを生み出すジェットエンジンだったブレンダンを振り返っていこう。

影の主役 ブレンダン

主人公の家庭は不況の影響を強く受けている。失業した父は家でたばこを吹かし、夫婦喧嘩が絶えない家庭だ。教育コストをカットするため、ブレンダンは既に大学を中退している。

そんな彼の支えは、イギリスのポップミュージックだ。彼の部屋には山ほどのレコードがあり、音楽番組の時間には、弟のコナーとテレビでデュラン・デュランのミュージックビデオを楽しんでいる。

ブレンダンはあまり外にも出ず、引きこもっているような描写がある。彼は大学を中退するという挫折と、家庭環境の悪化で気力を失くしてしまっているのだろう。

だが、勉強をする妹に「お前は夢を捨てた、でも俺らは違う」と言い放っていることから、先が見えない状況においても彼は音楽に夢を見て、それを諦めてはいないことが伺える。

この映画は、そんなブレンダンが弟の成長を応援する、「兄の物語」と捉えることもできるだろう。

弟の人生の師匠

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気になる女の子の気を引くために、コナーはバンドを組む。ブレンダンは弟の最初の歌を酷評する。だが、「上手にやろうと思うな、それがロックだ」という言葉をコナーに伝え、彼は弟が始めたバンドの後押しをするのだ。

それからもコナーは、事あるごとにブレンダンに相談をする。それは音楽のことだけではなく、気になる女の子の悩みも含めてだ。ブレンダンはその相談に乗りながら、時にはレコードを貸してコナーを答えに導き、コナーは兄から受けた刺激を音楽に取り込んでいく。

彼はコナーにとっての音楽の師匠であり、人生の師匠でもあるのだ。

しかし、頼りになる兄の心境は複雑だった。弟にとって人生の先駆者である彼もまた、苦しみを抱えていたのである。

お兄ちゃんのジェットストリーム

予想していたことではあるが、両親の別居が決まり子ども達はショックを受ける。人生を出直すためにハッパをやめていたブレンダンは、コナーの無神経な発言に苛立ち、ついに感情を吐露する。

ブレンダンはかつてはギターを弾き、女の子にもモテて、運動神経も良かった。それが今は笑い者の落ちこぼれになってしまった。弟が生まれるまで、彼はジェットストリームを生み出しながら、孤独な中を生き抜いて来たにもかかわらず。

弟や妹は、兄や姉の後ろ姿を見ながら育つ。彼らの成功や失敗は、上手に世間を渡り歩くための指標ともなるだろう。音楽の才能を開花させていくコナーは、ブレンダンにとって、嫉妬をしてしまうほどに眩しい存在になったのかもしれない。

そんなブレンダンの葛藤を目にした後でも、コナーにとって彼が憧れの兄であることがよくわかるシーンがある。ブレンダンのセリフが曲名にもなっている「Drive it like you stole it」のミュージックビデオを振り返りたい。

ブレンダンがいないダンスシーンの意味

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「Drive it like you stole it」は、この映画のミュージックビデオの中でも異質なものになっている。他の曲では、バンドメンバーと、コナーの想いの人であるモデルの女の子が出演するのミュージックビデオを自主制作している。

しかし、この曲だけはコナーの理想を反映した、彼の想像によって描かれている。

曲の途中で、短い髪のブレンダンがバイクに乗って颯爽と現れる。弟の想いの人に絡む輩を追い払った彼は、コナーにウィンクをする。その後、不仲な両親も、いじめっ子も、嫌いな校長先生も皆が楽しく踊り始める。

しかし、そのダンスシーンには、ブレンダンだけがいないのだ。

(※この曲のオフィシャル・ビデオではブレンダンが躍る姿が確認できるが、映画本編では登場しない)

コナーにとって、ブレンダンは間違いなくかっこいいヒーローなのだろう。だが、弟を守ったあとは颯爽と去っていく。その姿は、常に先を飛び続けるジェットエンジンと呼ぶのに十分だ。

バンドを始めて自信をつけてきたコナーだが、彼にとってのブレンダンは未だに先を行く憧れのお兄ちゃんなのだろう。

現実では長髪のブレンダンが、爽やかな短髪姿で登場するのも、コナーにとって先駆者だった彼の一番かっこよかった時の姿だったのかもしれない。

ブレンダンの歌?

初めてのギグを成功させたコナーは、お金もツテもないが、デモテープと写真を持ってイギリス行きを決意する。彼を港まで送るのは、もちろんブレンダンだ。別れ際に、彼は弟に歌詞を渡す。「ある男女の話だ。いつか曲をつけてほしい」と。

先の見えない不安や、弟への嫉妬のような感情をまで見せていたブレンダンだが、思わずガッツポーズをして、弟の旅立ちを見送る。このシーンを観れば、冒頭の章にある「影の主役 ブレンダン」という話に共感していただけるのではないかと思う。

物語の最後にアダム・レヴィーンの歌う「Go now」が流れる。この曲はチャンスを掴もうとする2人への応援歌になっている。この曲が、ブレンダンの歌詞かもしれないと思うのは、さすがに考えすぎだろうか。

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