コラム

『アド・アストラ』の意味とは? 映画タイトルに込められた想いを読み解く

2019/09/19

© Twentieth Century Fox

【ネタばれ無】

「なんか必殺技の名前みたいだなぁ」

ブラッド・ピット主演のSF映画『アド・アストラ』(原題:Ad Astra)の予告編を視聴した際に、著しくIQの低い筆者が抱いた感想だ。

筆者が本作の予告編に出会ったのは、邦題が決定する前だった。"Ad Astra" なんて耳慣れない単語、いくら格好良くても邦題には使われないだろうなぁ……なんて思っていたら、単に片仮名表記にしただけの『アド・アストラ』という邦題が発表されて少し驚いた。

この "Ad Astra" という言葉には、大きな意味が込められているのではないか――。何かと言葉の意味を調べるのが好きな筆者にとって、これ以上に興味をそそられる話題はない。

さらに、本作は2019年9月20日(金)の日米同時公開を前に批評家たちから絶賛の声が上がっている。傑作の予感がプンプンする同作の公開を目の前にして、いてもたってもいられない筆者がタイトルの意味を起点に妄想を繰り広げていきたいと思う。

ラテン語としての意味

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まず前提として、我々が "Ad Astra(アド・アストラ)" という言葉に聞き覚えが無いのは至極当然のことである。何故ならこれらは、日本人にはほぼ馴染みの無いラテン語の言葉だからだ。

ということで、まずはラテン語としての意味から見ていこう。

"ad" は方向を指す前置詞で、英語で言うところの "to" にあたる。日本語では「~へ」と捉えれば良いだろう。
"astra" は名詞で、英語だと "star/stars" だ。日本語の「星」「星々」「天」にあたる。

つまり、"Ad Astra" は "To the stars" を意味し、日本語では「星々へ」と訳せる。もう少し自然な日本語にするならば「星々に向かって」だろうか。

タイトルの大意を理解したところで、『アド・アストラ』のあらすじに目を移そう。

地球から遙か43億キロ離れた、太陽系の彼方で消息を絶った父。だが、父は生きていた――人類を滅ぼす脅威として。人類の未来を賭けた、"救出" ミッションの行き先は――

引用:映画『アド・アストラ』公式サイト

主人公が、太陽系の彼方にある星々に向かって航行する……というわけで『アド・アストラ』というタイトルを付けられたのも納得がいく。

だが、ここで解説を終えてしまっては深みもクソも無い。もう少し "Ad Astra" にまつわる話を続けさせていただこう。

"Ad Astra" を使った最も有名な格言

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私はラテン語を習得している訳では無いので偉そうなことは言えないが、"Ad Astra" はラテン語の諺や格言でも多く使われるフレーズだそうだ。

中でも最も有名なのは、"Per aspera ad astra" (ペル・アスペラ・アド・アストラ)だ。英語にすると "Through hardship to the stars" で、日本語では「困難を通じて星々へ」と直訳できる。意訳をすると、「困難を乗り越えて星々(のような栄光)へ」あたりだろうか。

この格言は英語圏の本や映画でも度々登場するくらい有名で、ドラマ『新スタートレック』や映画『オデッセイ』などでも使われていた。「星々へ」というフレーズを含む故に、SF作品との相性の良さは言わずもがなだろう。

"Per aspera ad astra" という格言は "Ad Astra" というフレーズとほぼセットで認識されているように伺える。つまり『アド・アストラ』においても、主人公の旅路に困難がつきまとうこと請け合いという訳だ。

ぶっちゃけあらすじを読めば困難そうな雰囲気は出ているが、タイトルからもヤバさが滲み出ているよ、ということでオチはつくだろうか。

"Ad Astra" の起源と今

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有名ではあるものの、実は先に挙げた格言はラテン語の文献に頻繁に登場するわけではない。

改めて "Ad Astra" という2単語の起源を調べてみると、古代ローマの叙事詩『アエネーイス』で初めて登場したと言われているらしい。

『アエネーイス』では "sic itur ad astra" (シーク・イートゥル・アド・アストラ)という1文に "Ad Astra" が使われている。こちらの文は、日本語に訳すと「そしてある者は星々へと旅立つ」あたりだろうか。

『アエネーイス』がウェルギリウスによって書かれたのが紀元前のことだと考えれば、 "Ad Astra" という言葉から神秘的な響きを感じるはずだ。

しかも、 "Ad Astra" というフレーズは現在もあらゆる場所で使われている。

“Ad Astra” は 空軍やSF系のゲーム会社のモットーに、はたまたロケット開発を専門とする会社の名前になった――そしてついに、映画のタイトルにもなったのだ。

2000年以上も前に端を発し、ラテン語が話されなくなった現在に至るまで使われている "Ad Astra" にロマンを感じずにいられるだろうか。

まさに宇宙の神秘が持つ魅力に近しい美しさがこの2つの単語に詰まっている、と言っても過言ではない。

なんでラテン語?

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ここまでで "Ad Astra" の意味とその文化的背景をご理解いただけただろう。とは言え、どうしてわざわざ映画のタイトルにラテン語を使うのだろうか?

その答えは先程述べた「ラテン語が持つ神秘性」にあるのかもしれない。

例えば『メメント』や『エクス・マキナ』といった映画タイトルは、 “Memento Mori” (メメント・モリ=死を忘れるなかれ)や、“Deus ex Machina” (デウス・エクス・マキナ=機械仕掛けの神)といったフレーズを連想させる。これらの作品を鑑賞した方なら、神秘的な雰囲気を思い出してもらえるはずだ。

『アド・アストラ』もラテン語が持つ神秘性をひとつの "演出” として活用したと捉えることができる。

星々への航行を、そして旅路を阻むであろう数々の困難を、さながら叙事詩のように描く……。"Ad Astra" という言葉の背景を加味すれば、このタイトルの解釈にも深みが出るというものだ。必殺技っぽい、なんて馬鹿な感想を抱いたことが悔やまれて仕方がない。

そしてその神秘性を保つために、一見すると理解不能な文字列である『アド・アストラ』を邦題としたのだろう。日本の配給会社さん、すごい。多分。

さて、本作の予告編しか観ていないのにこんなに長々書いてしまったからには傑作であってくれないと困ってしまう。『アド・アストラ』というタイトルが持つであろう意味に適った映画なのか、それともただ格好つけたタイトルに過ぎないのか……。

こればっかりは、同作を観ないことには答えが出ない。読者の皆さんも、是非劇場に足を運んで欲しい。

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そうた

編集を担当。ホラー映画やサスペンス映画など、暗めの映画が好き。『ジャーヘッド』を愛しすぎてHD DVDまで買ったものの、再生機器は未購入。山に籠って薪を割る生活を夢見ている。

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