コラム

映画『アンブレイカブル』ヒーローは遅れてやって来る

2020/01/11

© 2000 - Touchstone Pictures - All Rights Reserved


【ネタばれ有】

『アンブレイカブル』(原題:Unbreakable)は、2000年公開のアメリカ映画。『シックス・センス』の話題を呼んだM・ナイト・シャマラン監督、ブルース・ウィリスのタッグで描くSFサスペンスだ。

フィラデルフィアで乗客131名が死亡する列車事故が起きた。その事故で主人公のデイビット(ブルース・ウィリス)だけが無傷で生き残った。唯一生き残りである彼に興味を持ったイライジャ(サミュエル・L・ジャクソン)との出会いにより物語が始まる。

「ダイ・ハード」な男であるブルース・ウィリスが、ついに「破壊できない」男にまで昇りつめた。しかし、内容としては派手なアクションではなく、静かなサスペンス映画であった。

本作のテーマは現実にスーパーヒーローが存在したらという疑問が描かれている。その疑問を丁寧に描き、今までにはないヒーロー映画に仕上がっているものの、ヒーロー物の定石は抑えられていた。

「ヒーローは遅れてやってくる」

リアリティな世界観で描かれた本作でもその定石が守られていたのはなぜだろう。デイビットがうじうじしていたことが原因だろうか。いや、ヒーローは一足先に現れることはできない存在なのだ。

今回は物語のあらすじをなぞり、ヒーローが遅れてやってくる理由について考えたい。

不死身のデイビット

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本作の主人公、デイビットは大学のスタジアムでしがない警備員をしている。妻や息子との関係は上手くいっておらず、自身でも所在のわからない悲しみを抱えながら生きている。

中年の警備員というのは、映画の主人公としてはパッとしない設定だ。怪我も病気もしないという「アンブレイカブル」な人物であるが、彼はそのことを自覚してない。

実際に彼の不死性が描写されてはいないため、本当に不死身なのかは不明だ。しかし、人の悪意を感じることのできる能力や、無自覚に育ってしまった筋力等、彼はコミックのヒーローになり得る素質を秘めていた。

不死身で強靭な肉体と悪を見抜く能力に、アメリカ映画のヒーローにはよく見られる家族の不和、そしてスキンヘッドのブルース・ウィリス。ここまでの要素が揃えばスーパーヒーローになるしかないだろう。

しかし、本作の主人公デイビットは自分自身の能力を信じられずにいた。そのため、彼はなかなかヒーローになることができない。

コミックの画商 イライジャ

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骨形成不全という先天性の疾患を抱えたイライジャは、子どもの頃から骨折を繰り返し「ミスター・ガラス」と呼ばれた。脆い体に生まれた彼は、その対極である人物も存在するのではないかと考えていた。

列車事故の唯一の生き残りであるデイビットに目を付けたイライジャは、彼こそが自分自身の対極である屈強なヒーローだと推測した。

幼いころからコミックに夢中だったイライジャは、コミック関連の画商として働いている。彼の哲学では、コミックは歴史を伝える手段であり、古代の壁画と同様である。つまり、誰かが体験した出来事を描いているものと考えた。

趣味も仕事もコミックに浸り続けた彼は、現実にも存在するはずのスーパーヒーローを探し求めているのだ。

ミスター・ガラス

デイビットはイライジャとの関わりから、自分自身のヒーローの素質を自覚し、遂にヒーローとしての役割を全うすることとなる。

ラストシーンまで私はイライジャがヒーローのサイドキック(※ヒーロー物の相棒)になりたいのだと思っていた。或いは「バットマン」におけるアルフレッドのように、秘密を共有するよき理解者として、デイビットをヒーローにしたかったのだと。

しかし、列車事故を含めた複数のテロは、イライジャによるものだった。

イライジャは、デイビットに最大の恐怖は存在理由がわからないことと話している。彼は存在理由を知るために、ヒーロー探しを始めたのだ。それも、自分自身がヴィランになるという方法で。

デイビットの通報により、3つのテロ事件の犯人として「ミスター・ガラス」は逮捕されることとなる

イライジャは、不幸はヒーロー誕生のための必要条件だったと証明することができた。デイビットはヒーローとしての存在を証明し、イライジャを最大の恐怖から救い出したのだ。

しかし、デイビットがイライジャを救うには、犠牲を多く出した後だった。「ヒーローは遅れてやって来る」それも、手遅れになってから。

ヒーローは遅れてやって来る

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ヒーローが生まれる条件とは何だろう。ヒーローは正義を成すために悪が必要である。平和な世にヒーローは生まれない。

しかし、思想や金銭、私利私欲のためでも悪事を働けばヴィランは誕生する。「ヒーローは遅れてやって来る」というが、それは当然のことだ。勧善懲悪ものにおいて、悪役がいないことには、正義の味方の出番が訪れることはないのだから。

ヴィランはいつでも先を行くことができる。彼らが悪事を始めないことには、物語は始まらないのだ。この作品はその前提に示している。すべての始まりはヴィランの誕生だった。

だからこそ、リアリティを追求した本作でも、ヒーローのデイビット遅れてやってきたのだ。

心の中のヒーローはどうか

スクリーンの中のスーパーヒーローに限らず、身近な人の中にもヒーローは存在する。憧れを抱き、尊敬する人物がヒーローのように見えることがあるのは良い例だ。

そんな心の中のヒーローは遅れてやってくるのだろうか。

自分の中のヒーローの定義はそれぞれ異なるだろう。ある人は、自分よりも優れた記録を出す先輩に、ある人は病気を治して人を救う医師にヒーローを見出すだろう。ミュージシャンや、肉親の中にヒーローがいる人もいるかもしれない。

多くの人が心の中のヒーローと出会った時、ヴィランとして何らかの困難や、挫折を味わい、苦しみを経験する。そうした経験が先に無ければ、救われるという経験をすることもできない。

フィクションでも現実でも、ヒーローは後を追うことしかできない。それはかっこ悪いことではなく、後ろから追い上げる陸上選手のように輝いている。遅れてやってきたとしても正義を成すヒーローの姿に、人々は憧れ、胸を熱くするのだろう。

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