2019年6月1日(土)より、全国66ヶ所のTOHOシネマズにおける映画鑑賞料金が100円引き上げられる。
普段は映画や俳優のニュースに一喜一憂する映画好きたちが、これほどまでに自分の生活と結び付けて頭を抱えたニュースは他に無いだろう。
設備投資や上昇した人件費の負担を消費者にさせるとは何事だ! と怒る方も多く見られたが、26年間も料金を据え置いてきた努力は認められて然るべきだ。
ただ、いち消費者としては、単に100円値上げされただけでは面白くない。他の劇場よりも鑑賞料金が高くなるのであれば、他の劇場での鑑賞体験よりも特別な何かが欲しくなるのも人情だ。
そこで本稿では、経営の知識も無ければ経験も無い凡庸な筆者が、100円の値上げでTOHOシネマズがどれくらい儲けられそうなのか頑張って計算し、「そんだけ儲け出たんやったら、これやってくださいな!」という妄想を書き殴っていきたいと思う。
結局、なんぼほど儲け出ますのん?
「値上げしたら客が遠のく!」との意見はもっともだが、いかにTOHOとて老舗の大企業だ。儲ける算段が無ければ、顧客からのイメージが悪くなる値上げなどやるはずが無い(と信じたい)。
そこで、結局なんぼくらいの増収を見込んでるんやろかしら、という疑問を数字が苦手な筆者が脳汁を絞り出しながら計算してみた。
私が調べたところ、この計算に必要そうな数字は以下の通りだ。
この数字をもとに、経営者が見たら激怒間違いなしのざっくり試算を行いたいと思う。
比較する数字は、「値下げを行わなかった場合の2019年の売上予想額」と「値上げを行った場合の2019年の売上予想額」だ。この差額が、「値上げを行った場合の増収(減収)予想額」になるという寸法だ。
値上げ無しの売上は、「4,300万(人)×1,300(円)= 559億(円)」となる。
値上げした場合にどのくらい客足が遠のくかについては、TOHOシネマズが一般鑑賞料金を1,500円に値下げした際の数字を参考にしたい。
実はこの値下げ施策の裏ではレディースデイ、シニアデイ、レイトショーなどのサービスの撤廃も行われており、これが主な要因となり入場者数の減少に繋がったと言われている。
言い方は悪いが、この5%を「映画をお得に観たいと思っている(値段を気にする)客の数」と捉えるならば、値上げによって来なくなる客の数と見立てても良さそう、という理論だ。
この仮説のもと、平均鑑賞料金が100円上がると単純に考えれば、値上げした際の売り上げは「4,300万(人)×0.95×1,400(円)=571.9億(円)」だ。
お値段据え置き時の平均入場料を低めに見積もったことと(だって計算難しいんだもん)、値上げ時の入場者数の減少を甘めに見積もったことに目を瞑ってもらえれば、大体年間で10億円前後の増収が見込めるのでは? という結論に至る。
10億円って庶民には実感がわかん数字でんなぁ! とお思いの方も多いだろうし(私もそうだ)、月50時間くらい働いてくれる時給1,000円のバイトに換算すると、年間で16,700人ほどのお給料は賄える。すごい。
ここに「ポップコーンの売り上げ落ちますやろ」とか言われても、私にはそこまで細かく計算する能は無い。とにかく、それなりに増収が見込める(今までの損失分を回収できる)見通しだろう、ということだ。多分。
で、なにやるの?
TOHOシネマズには酷な話だが、今回の100円で膨れ上がった支出を補うという発表だけでは、顧客は満足しないだろう。
長々と適当な計算をしてきたが、正直なところいち顧客にとってはTOHOシネマズが売上げを10億伸ばそうと1億伸ばそうと知ったこっちゃない。
「他のところよりも多く払うのだから、より良いサービスを期待したい」と思うのが自然だ。
増収分でより良い映写機を使い、より良い音響設備を整え、映画の鑑賞体験の質を上げるのだ、というド直球な方向性も悪くない。
だが、それが今の映画館に求められていることなのだろうか?
映画を映画館で観る価値とは
NetflixやHuluなどのストリーミングサービスの普及により、「映画を観る」こと自体のコストは低下の一途を辿っている。
4Kテレビやサラウンドスピーカーなども手軽に入手できるようになり、自宅でも十分に映画に没頭できる時代になった(もちろん、IMAXなどには遠く及ばないが)。
今後、家電の進歩によって、「画面と音響の迫力」という映画館の魅力はどんどん希薄なものになるだろう。
そんな将来を見据えるならば、今後の映画館に求められるのは映像や音響以外の “付加価値” ではなかろうか。
自宅での映画鑑賞では味わえない、映画館ならではの付加価値として一番分かりやすいのが、「色々な人と一緒に映画を観ることができる」という、ある種のコミュニティ的な要素ではなかろうか?
“コミュニティのプラットフォーム” という付加価値
いくつかの書店がAmazon等のオンラインショップに対抗するため、「本好きコミュニティのプラットフォームになる」という試みを行っているのはご存知だろうか。
横文字じゃ分からん、という方のために説明すると、書店が本好きな人達の出会いの場と成ろうとしているのだ。感想会やコメント投稿キャンペーンなどを通じて、オンラインでは味わえない付加価値を生み出しているのである。
読書と一緒で、「映画を観る」という行為自体は至って個人的なものだ。だが、物語の感動や笑いを劇場にいる人たちと共有できるという “ライブ感” は、絶対に自宅では体験することが出来ない。
最近では応援上映と称して、「かけ声をあげても良い上映」が盛んに行われていることからも、映画館側が上記のライブ感に目をつけていることが分かる。
より映画好きな人達が繋がれるプラットフォームを目指すのであれば、映画を鑑賞した直後にしか入れない「ネタバレトーク部屋」みたいなものを用意しても面白いかもしれない。
たった今映画を観終わった人達が、思い思いに感想を語り合う部屋。1人で観に来ても、友達と観に来ても、その部屋で新たな意見に出会えるだろう。
ここで知り合いが出来れば、次は誘い合わせて一緒に映画館に来る、なんてこともあるかもしれない。
映画は万人のものであるべき
映画館がコミュニティのプラットフォームとして機能すれば、映画館は一定の常連客を確保できるようになる。コミュニティの意見を聞きつつ、映画館のサービス改善やイベント企画などもできるだろう。
ただし、「コミュニティのプラットフォーム」としての機能が、他の客を遠ざける要因になる危険性も考えなくてはならない。
コミュニティに入らないと映画館に行きづらい……となっては、元も子もない。閉鎖的なコミュニティが出来てしまえば、妙なローカルルールやハラスメントなどが起こり得る可能性は十分にあるのだ。
コミュニティが排他的でなく、求心力を持った存在として成り立つように管理することが、プラットフォームとしての映画館の仕事になってくるかもしれない。
チケットやグッズの販売がどんどん自動化されている今、こうしたコミュニティの確立に儲けを使ってほしいものである。