声に出して読みたくなる言葉というものがある。学校で習う言葉から例を挙げると「墾田永年私財法」や「プレパラート」、「フォッサマグナ」、「サイン、コサイン、タンジェント」等はついつい口にしたくなる魔力を持っている。
映画タイトルにしてもそうである。語呂が良かったり、美しいタイトルであればついつい口に出したくなるものだ。映画のチケットを買う時にその言葉を発声する快感、店員さんが繰り返す時や、入場時のアナウンスでもテンションが上がっていく。
しかし、原題から大きく異なる邦題がつけられた場合、その快感を味わえない場合もある。邦題でも素敵な映画タイトルはあるが、やはり原題の語感が好きというのは、映画ファンの性であろう。
今回は原題でつい発声したくなる映画タイトルを紹介していこう。この記事をお読みの皆さんも、声に出しながら読んで欲しい。あなたが人目を気にしなくてもいい場所にいるのなら。
Eternal Sunshine of the Spotless Mind
邦題:「エターナル・サンシャイン」
アメリカ本国でのポスターでも、“Eternal Sunshine”の部分が強調されているため、この邦題がつけられるのも納得だ。省略された”Spotless mind”の部分は「一点の曇りもない精神」という意味だ。
もしも邦題が「一点の曇りもない精神にある永遠の陽光」と直訳したものであったら、こじらせた文学生以外に興味を持たれないかもしれない。美しいタイトルに違いないが、とっつきにくい印象が出てしまう。
イギリスの詩人、アレキサンダー・ポープの愛の書簡詩 『エロイーザからアベラードへ』の一節を引用しているため、美しいと感じるのは必然だろう。「エターナル・サンシャイン」というタイトルでも十分だが、この作品を紹介する場合には原題で伝えたくなる。
Sicario
邦題:『ボーダーライン』
この作品を紹介した記事はこちら(ネタばれ注意)
原題はスペイン語で「殺し屋」という意味である。殺し屋は麻薬カルテルを指すのか、または捜査員達を指しているのか……本作でのベニチオ・デル・トロの目つきが殺し屋にしか見えないのは間違いない。
この作品の邦題である『ボーダーライン』は鑑賞した人なら納得のタイトルであり、邦題としてかなり秀逸なものだと言えるだろう。
「今日はボーダーラインという映画を見ました」と言うよりも「今日はシカリオという映画を見ました」という方が、アウトローに感じるし、響きもおしゃれである。
Tinker Tailor Soldier Spy
邦題:『裏切りのサーカス』
ジョン・ル・カレ原作のスパイ映画である本作は、ゲイリー・オールドマンにコリン・ファース、トム・ハーディ、ベネディクト・カンバーバッチと、英国俳優好きにはたまらないキャスティングとなっている。
邦題の「サーカス」とは、ロンドンのケンブリッジサーカスにある、イギリス秘密情報局の通称だ。スパイ映画ではお馴染みの “SIS” や “MI6” なども、イギリス秘密情報局の略称として知られている。派手なアクションで魅せる作品ではなく、駆け引きとストーリーを楽しむスパイ映画だ。
さて、この原題についてだが、2音節の単語が3つ続き、1音節の“spy”という単語で締めている。心地よいリズムの後に、映画好きならときめかずにはいられない“spy”という単語で締めくくるのは反則と言えよう。
The Bucket List
邦題:『最高の人生の見つけ方』
ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンのダブル主演となれば、おじいちゃん映画好きとしては避けられない作品だ。そんな2人が死ぬ前にしたいことをやり尽くすとなれば、面白くないはずがない。
初めて原題を知った時に “バケツリスト” とは何ぞやと調べたのはいい思い出だ。アメリカでは、“Kick the bucket” (バケツを蹴る)という慣用句が「死ぬ」ことを意味しているらしい。
そのことを調べた上で、当時高校生だった私は「The Bucket Listを見てくる」と言って映画館に出かけた。べた過ぎる邦題を口にすることが憚られたからである。結局、チケット売り場では素直に邦題を口にしたのだが……。
内容は期待通りに大満足の作品だった。
Monsieur Veldoux
邦題:『殺人狂時代』
ムッシューという敬称にファミリーネームというシンプルさ。主人公の紳士な面がタイトルにも溢れ出ている。「ヴェルドゥ」という、日本ではまず発音しないようなフランス人名に加え、字面がなんともかっこいいのである。
邦題はチャップリン自身の名作『黄金狂時代』と合わせているのだろうが、作品に繋がりはない。むしろ、長年親しまれてきた「チャーリー」スタイルを捨てたシリアスな本作に、チャーリー時代を想起させるタイトルというのは、安直過ぎるとしか言いようがない。
内容についてはここで触れるまでもないだろう。語り継がれる名作のオーラというものが、タイトルの響きからも溢れ出ているのだから。
原題で発音したくなる映画タイトルを5つ紹介してきた。ついつい声に出したくなる原題はまだまだ多い。今回はここまでにして、またの機会に紹介しようと思う。