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コント職人の手腕が光る盛大なホラーコント映画『アス』

2019/09/12

© Universal Pictures

【ネタばれ無】

「なんやねん、この映画」

『アス』の上映が終わった際、一緒に鑑賞していた友人が放った言葉だ。

先に断っておくと、これは決して『アス』がクソ映画だった訳ではない。確かに、とんでもなく特殊なホラー映画であることは認めよう。しかし、何の説明もしないまま彼を映画館に連れて行った私にこそ落ち度がある。

2019年9月6日(金)に日本で公開された『アス』(原題: Us)は、ホラー映画界期待の新星ジョーダン・ピール監督による最新作だ。ピール監督は2年前に『ゲット・アウト』で長編映画デビュー。ホラー描写と社会批判を両立させ、何ならちょっと笑えるという斬新な作風で脚光を浴びた。

ピール監督のことを知っていれば「彼ならまともなホラー映画は作らない」という心構えもできよう(褒めてます)。ただ友人はジョーダン・ピールが何者かも知らなかったし、『ゲット・アウト』も未鑑賞だった。

私は愚かにも、何も知らない友人に「『アス』はホラー映画やで」とだけ伝えて映画館に連れて行ってしまった。何の身構えもできていない友人は、ノーガードで顔面にパンチを食らったようなものだ。パンチに気を取られ過ぎて、本作の魅力に注意を向ける余裕など無かったに違いない。

ジョーダン・ピール節全開の『アス』を最大限楽しむためには、いくつか知っておくべき事がある。本稿は、鑑賞前に友人に伝えておけば良かったと思った事柄をまとめた記事である。ホンマごめんやで。

ジョーダン・ピール監督とは何者なのか?

©Key & Peele

本稿のタイトルにもある通り、『アス』は一言でいうとホラーコント映画だ。何故ホラー界の新星がコント的な新作を放ったのか?

それは彼がコント職人だからと言う他ない。

ピール監督はコント番組『Mad TV』のキャストとしてブレイクした後、彼の相棒であるキーガン=マイケル・キーと共に『Key & Peele』というコント番組の制作にあたる。『Key & Peele』はエミー賞を取るほど人気で、バラク・オバマ元大統領にも認められた程だ。

下ネタから政権批判まで幅広いネタを笑いに変え、それでいて大統領にも認められる。要するに、ピールは国民的なコントの申し子なのである。

「ホラー演出」も料理次第では笑える

人気コメディアンがホラーという文脈を使って作品を成す、という構図に違和感を覚える方もいるだろう。だが、『Key & Peele』のコントを観れば誰しもが気づくだろうが、彼のユーモアは「映画っぽい演出」を逆手に取った物が非常に多い。

例えば下のコント動画では、ピールとキーが「SAW」シリーズさながらの拷問部屋に閉じ込められている。ピールは右腕を失っているし、キーは左足が大変なことになっている。

【微グロ注意】

どう考えても絶望的な状況だし、「SAW」シリーズなら悲鳴が聞こえて来そうなものだが、彼らは開口一番にこう言うのだ。

「まだマシな方だよな(Could be worse)」

その後も異常に前向きな言葉を交わし続け、ついには親交を深め始める。危機的状況に全く動じない2人を見て、彼らを閉じ込めて拷問していたであろうピエロが逆に精神的に追い詰められる……。

ピール監督はこのように、映画あるあるネタを――ホラー演出までをも――コメディとして料理するのに長けたクリエイターなのだ。

やけに顔芸にこだわる

映画っぽい演出をコメディに落とし込む能力が高いジョーダン・ピール監督には、もう1つの特技がある。顔芸だ。

これについては、千の言葉を綴るよりも画像をお見せするほうが早いだろう。

©Key & Peele
©Key & Peele
©Key & Peele
©Key & Peele

彼は自身の監督作に自ら出演している訳ではないが、表情の演技指導には並々ならぬ情熱を注いだに違いない。

『ゲット・アウト』もなかなか顔芸が冴えた作品だったし、『アス』ではもう全力だ。ホラーっぽい雰囲気なのに、顔芸に全力を尽くしているのだ。

これをホラーコントと言わず、何と言おう。

盛大なホラーコントを楽しもう

© Universal Pictures

映画あるあるをネタにして顔芸にやたら力を入れる男、ジョーダン・ピール。

作品自体は黒人差別や格差社会などをテーマに据えながらも、ホラーコントという体裁を取ることで説教臭くない雰囲気を保っている。例えるなら、説教中にもギャグをぶっ込んでくるオモシロ親父だろうか。

さらに映画的な表現に精通しているだけあって、映画に登場する小物や音楽など細部にまで意味を持たせる手腕は見事なものだ。どれが何を意味するのかはネタばれになりそうなので伏せておくが、本作の演出について語る会を開けば5時間は会話が止まないこと請け合いである。

ただ確かに、単に「ホラー映画やで」と紹介されただけで本作を鑑賞すると、一見珍妙な表現方法に首を傾げるかもしれない。

事実、私の説明不足が故に友人は『アス』を十分に咀嚼する機会を逃してしまった。

何の罪滅ぼしにもならないかもしれないが、この記事を読んで彼のように面食らう人が少しでも減れば幸いである。

なお、ジョーダン・ピール監督については佐島(筆者)とギリィの2人で運営している映画Podcast『あれ観た?』でも紹介している。気になった方はぜひ、音声で聴いみてほしい(2024年2月追記)。

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そうた

編集を担当。ホラー映画やサスペンス映画など、暗めの映画が好き。『ジャーヘッド』を愛しすぎてHD DVDまで買ったものの、再生機器は未購入。山に籠って薪を割る生活を夢見ている。

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