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尊厳死を選択した母と過ごす最後の週末 映画『ブラックバード 家族が家族であるうちに』

2019/11/09

©TORONTO FILM FESTIVAL

【ネタばれ無】

日本では終末期の延命治療についての意向や、臓器提供、葬儀について生前に決めておく「リビング・ウィル」という考えが尊厳死の一種として広まってきている。

日本では積極的安楽死は認められていないが、オランダ、スイス等一部の国や地域では認められている。自由とは何かを問う永遠の課題であろう「尊厳死」を扱った新作映画『ブラックバード 家族が家族であるうちに』(原題:Blackbird)がアメリカで制作された。

『ノッティングヒルの恋人』のロジャー・ミッシェル監督がメガホンを取る本作は、2014年のデンマーク『サイレント・ハート』(原題:Stille hjerte)のリメイク作である。

TIFF(トロント国際映画祭)で封切りとなり、各国の映画祭で上映される本作の日本公開は未定だが、TIFFで鑑賞した私が本作を紹介しよう。

あらすじ

末期のALS(筋萎縮性側索硬化症)患者であるリリー(スーザン・サランドン)は夫ポール(サム・ニール)の助けを借りて、自らの命を絶つことにした。リリーとポールは、娘達を家に呼び最後の週末を家族で過ごすこととなる。

長女のジェニファー(ケイト・ウィンスレット)と次女のアンナ(ミア・ワシコウスカ)は疎遠になっていて、2人の娘の間には緊張感があった。家族で過ごす最後の週末は穏やかに過ぎていくが……。

尊厳死がテーマの作品

これまで尊厳死をテーマに扱った映画は多いが、筆者が一番に思い浮かぶ作品は2004年の映画『海を飛ぶ夢』だ。頸椎損傷で四肢麻痺の後遺症を負ったラモン・サンペドロが、尊厳死が認められていないスペインで初めて尊厳死を求める活動を行った実話を基にした物語である。

尊厳死を権利として認められるように活動をした人物を描き、社会に向けて問題提起をした作品だ。

他には『ミリオンダラー・ベイビー』では親子を超えるほどの師弟の絆、『世界一キライなあなたに』ではラブストーリーとして、尊厳死に至るまでの葛藤を描いた。

そう、尊厳死をテーマにした作品のほとんどは、そこに至るまでの過程、そして苦悩を描いてきた。しかし『Blackbird』では従来の同じテーマの作品とは違ったアプローチを見せた。

家族で過ごす週末

本作は尊厳死という選択をしたリリーの最後の週末だけが描かれている。そこに至るまでのプロセスを排除し、家族との時間に焦点を置いているのだ。この作品の舞台はリリーの家とその周辺のみで、登場人物も家族と友人だけである。

最後の週末ということで、ずっと暗い映画を想像してしまうかもしれないが、そんなことはない。リリーはジョークで周りを笑わせ、リラックスした時間を過ごしているように見える。2人の娘の間にわだかまりはあるものの、等身大の家族の日常を見ているようだ。

観客はその週末だけを覗き見るだけなのだが、家族のやりとりから関係性を推し量ることができる。なかなかブラックなジョークも飛び出し、リリーは無理をして明るく振舞っているのではなく、それが自然体の彼女なのだろうと感じさせる。

だからこそ、物語が進むうちにその平和な週末を見ているのが辛くなっていくのだ。自然体のリリーと、彼女を取り囲む家族にはそれぞれの考えがあるのだから。

誰に感情移入するか

本作の登場人物は少ないが、きっと鑑賞中に誰かに感情移入していくだろう。

  • 尊厳死を決意したリリー
  • 妻の決意を受け入れ最後に手を下す役割となった夫のポール
  • 母の決断を尊重したいと考えるジェニファー
  • 尊厳死を受け入れきれないアンナ
  • ジェニファーの夫であるマイケル
  • ジェニファーの息子で、リリーの孫のジョナサン

リリーにとって最後の週末が良い思い出になるように行動しながら、それぞれの立場、それぞれの気持ちが交錯する。リリーは自身の選択を全く後悔していないのか、彼女と過ごす週末を家族はどんな思いで過ごしているのか思いを巡らせてしまう。

家族の死を前にして、心の整理をつけることなど可能なのだろうか。限られた登場人物、舞台だけで物語が進行することによって、自分の家族ならどう思うのか考えずにはいられない。

まとめ

これまでの作品で描かれたように、社会問題や悲劇として尊厳死を扱うのではなく、いち家族の課題として尊厳死を描いた本作。リリーが尊厳死という選択をするまでの苦悩ではなく、決意をした後の最後の時間だけを見せるという形で “尊厳死” をテーマにしながら、それよりも身近な “家族の死” に直面した時の自分自身を重ねてしまう作品だった。

家族としてどう受け入れるか、という点に焦点を絞ったことで、最後の時間を自分ならどう過ごしたいかという普遍的な終末期への希望についても考えさせられる。

そんな人生の永遠のテーマを描いた本作だが、重苦しいだけのドラマではなくユーモアも添えられている。劇場では笑い声が何度も響き渡り、決して暗いだけの作品ではない。主演のスーザン・サランドンの演技がとても素晴らしく、終盤の彼女の台詞が印象的だった。

もし、あなたが鑑賞したら誰に感情移入してしまうだろうか。まだまだ先になると思うが日本でも公開を心待ちにしていただきたい。

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